上原浩治の年俸推移と成績は?全盛期やメジャーでの活躍など徹底調査!

日米で活躍した元メジャーリーガーの上原浩治選手ですが、現役時代の年俸推移はどのようなものだったのでしょうか?

今回は上原浩治選手の年俸推移と成績を徹底調査!

2019年の引退までにどんな活躍をして、どのくらいの年俸を稼いだのでしょうか?

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上原浩治のプロフィール

出身:大阪府寝屋川市

生年月日:1975年4月3日

身長・体重:187cm/87kg

ポジション:投手

投打:右投右打

背番号:19

出身大学:大阪体育大学

1998年のドラフト会議にて巨人を逆指名し入団

入団1年目から先発ローテーション入りし、同年20世紀最後の沢村賞・投手三冠王を達成。その他、NPB時代にはセリーグ最多タイ記録となる最高勝率を3回獲得しました。

2009年からメジャーリーグでプレー。2013年にはMLBで日本人初のリーグチャンピオンシップ・ワールドシリーズ胴上げ投手となりました。

また、日米通算100勝100セーブ100ホールドを達成した唯一のアジア人です。

2018年に巨人と契約し日本球界に復帰。翌年2019年に現役引退を表明しました。

現在は野球評論家・野球解説者・タレント・YouTuberとして活躍されています。

上原浩治の年俸推移と成績

それでは早速、上原浩治選手の年俸推移と成績をまとめていきます!

日米通算20年の現役生活の年俸推移はどのようなものだったのでしょうか?

巨人時代

年度 年俸 差額 球団
1999 1300万円 巨人
2000 6600万円 +5300 巨人
2001 7600万円 +1000 巨人
2002 1億600万円 +3000 巨人
2003 2億1000万円 +1億4000 巨人
2004 3億円 +9000 巨人
2005 3億5000万円 +5000 巨人
2006 3億4000万円 -1000 巨人
2007 3億1000万円 -3000 巨人
2008 4億円 +9000 巨人

上原浩治選手は1998年のドラフト会議にて逆指名で巨人に入団契約金1億円・年俸1300万円で契約します。

1年目の1999年は先発ローテーション入りし、20勝4敗の好成績を残しました。最多勝利・最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率を記録し、史上10人目・新人史上3人目の投手4冠を達成新人王・ベストナイン・ゴールデングラブ賞・沢村賞も受賞しました。

2002年には自身初の200イニング登板を達成し、最多勝・最高勝率を獲得。沢村賞・ベストナインも受賞し、同年の巨人日本一に大きく貢献する活躍を見せました。

2003年は7試合連続完投勝利を挙げ、2年連続200イニング登板達成・最多奪三振獲得ゴールデングラブ賞を受賞。

2004年には最優秀防御率を獲得し、この年の契約更改で年俸3億円に到達。入団6年目での3億円到達は史上最速でした。

2005年から下がり調子となり、2007年には抑えとして起用されることに。

2008年オフにFA宣言し、正式にメジャーリーグ挑戦を表明しました。

メジャー時代

年度 年俸 差額 球団
2009 500万ドル BAL
2010 500万ドル ± BAL
2011 550万ドル +50 BAL/TEX
2012 350万ドル -200 TEX
2013 425万ドル +75 BOS
2014 425万ドル ±0 BOS
2015 900万ドル +475 BOS
2016 900万ドル ±0 BOS
2017 600万ドル -300 CHC

2009年1月16日にボルチモア・オリオールズと2年1000万ドル+出来高600万ドルで契約し、同球団初の日本人選手となりました。

2010年からはクローザーとして起用され、MLB歴代4位タイの32試合連続無四球を記録。

2011年はセットアッパーを務め、連続無四球は36試合まで伸びMLB歴代3位を記録。7月30日にトレードでテキサス・レンジャーズに移籍し、リリーフ投手中リーグ1位のWHIP 0.72・5位の奪三振率11.77・2位の与四球率1.25を記録してチームに貢献しました。

2012年オフにボストン・レッドソックスと425万ドル+出来高の契約を結びます。2013年はクローザーに指名され、6月27日にNPB/MLB通算50セーブを記録。9月20日にはシーズン20セーブ目を挙げてチーム6年ぶりの地区優勝を決め、MLBで日本人史上2人目の胴上げ投手となりました。

リーグチャンピオンシップシリーズでも1勝0敗3セーブ・4安打9奪三振無四球無失点という圧倒的な成績で日本人初のリーグ優勝決定シリーズMVPに選ばれます。

ワールドシリーズでもクローザーとして登板し、第4戦で日本人初のワールドシリーズでのセーブを挙げ、第6戦では最後にマット・カーペンターを三振にしとめ、MLBにおける日本人初のワールドシリーズ胴上げ投手となりました。

以降、クローザー・セットアッパーとして活躍し2016年オフにFAとなりシカゴ・カブスと1年600万ドルで契約

巨人復帰・引退

年度 年俸 差額 球団
2018 2億円 巨人
2019 5000万円 -1億5000 巨人

2016年のオフに、2017年オフにメジャーでのオファーがなければ引退すると発言していましたが、2018年になると一転して日本球界への復帰を示唆。巨人と年俸2億の1年契約を結びました。

同年はオープン戦から合流し調整不足に陥るも日本人史上初となる日米通算100勝100セーブ100ホールドを記録。10月23日に左膝のクリーニング手術を受け、29日に自由契約になるも12月14日に巨人と再契約を結んだことを自身のブログで発表。

2019年は開幕は二軍でスタートし、一軍復帰はならず5月20日にシーズン途中での引退を発表しました。

上原浩治の生涯年俸は?

NPBで11年、MLBで9年プレーしてきた上原浩治選手の生涯年俸を計算してみたいと思います!

  • NPB年俸総額:24億2100万円+契約金
  • MLB年俸総額:5150万ドル(51億5000万円/1ドル100円換算)

NPB時代・MLB時代の合計年俸は推定75億7100万円でした!

その他、メジャーでの出来高分やワールドシリーズ優勝の賞金山分け分などはいくらだったか不明なので、ボーナス的にもう少し稼いでいるかと思います。

以前調査した松井秀喜さんの生涯年俸といい、海を渡る選手の生涯年俸はどえらい金額になりますね~。ザ・アメリカンドリームって感じ。

ちなみに、上原浩治選手がMLBで優勝した時のエピソードがYouTubeで公開されていました!賞金の話なども入ってます。

上原浩治の全盛期はいつだった?

上原浩治選手は日米で大活躍しましたが、全盛期はいつだったのでしょうか?

上記で成績をまとめてきたところ、巨人入団1年目かレッドソックス時代だと思われます。

巨人入団1年目となる1999年は史上10人目・新人史上3人目の投手4冠を達成新人王・ベストナイン・ゴールデングラブ賞・沢村賞も受賞しました。

さらに2002年にも沢村賞を受賞しましたが、複数回の沢村賞を受賞したのは14人で、平成に入ってからは斎藤雅樹・斉藤和巳・田中将大・前田健太・菅野智之と上原浩治の6選手しかいません。

レッドソックス在籍時の2013年にはMLBで日本人初のリーグチャンピオンシップ・ワールドシリーズ胴上げ投手となりました。

また、リリーフ投手として安定した成績を残してきたことからMLBの複数球団で争奪戦に。レッドソックスと契約が決まった際には「レッドソックスは奇跡を捕まえた」と称されました。

まとめ:上原浩治の年俸と成績がすごい

上原浩治選手の年俸と成績のまとめは以上です。

日本球界でも華々しい活躍を見せ、メジャーでも安定的に活躍している印象でした。

年俸推移も成績に比例しているように思えます。

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